攻撃成功率は人間チームの6倍超。OpenAIの社内ハッカーAI「GPT-Red」の正体
OpenAIが「スーパーハッカーAI」を作った。殴る相手は自社のモデル【2026年7月】

OpenAIは現地2026年7月15日、自社モデルを攻撃して弱点を洗い出す内部専用のLLM「GPT-Red」を発表した (MIT Technology Review独占報道)。リリース前のモデルに攻撃者役をぶつけ、見つけた穴を先に塞ぐred-teamingを自動化したモデルで、間接プロンプトインジェクションのベンチマーク再現条件ではシナリオの84%で攻撃に成功し、人間のred-teamerの13%を大きく上回ったとされます。ただし2026年7月時点で公表されている数値は、いずれもOpenAIの自己申告です。仕組み・数値・限界を、混ぜてはいけない順番で整理します。
この記事のポイント
- red-teamingとは、リリース前に攻撃者役がシステムを壊しにいき、見つけた穴を先に塞ぐ安全性評価のことである。従来は人間チームの仕事で、これをLLMのself-play (自己対戦) で自動化した
- 訓練は現実を模した「dojo」環境: Webブラウジング・メールやカレンダーの閲覧・コード編集
- 研究者が見たことのなかった新型攻撃「fake chain of thought」を発見
- GPT-Red本体は非公開。攻撃能力を訓練したモデルを隔離し、悪用者に渡さない方針
- マルチターン会話と画像ベースの攻撃は苦手で、人間のred-teamerは今も見落としを発見している (MIT Technology Review明記)
仕組み: 自分と殴り合って強くなる
GPT-Redの訓練は、ハッカー訓練されていないLLMを、複数の防御側モデルとのself-playループに置くことから始まります。攻撃側は攻撃を学び、防御側は防御を学ぶ。この往復を多数ラウンド繰り返す強化学習です。プロンプトインジェクションとは、AIへの入力の中に攻撃者の指示を紛れ込ませ、本来の指示より優先して実行させる攻撃のことである。エージェントがメールを読み、Webを閲覧し、コードを書く構成が広がるほど、この攻撃の入り口は増えます。訓練環境のdojoが「ブラウザ・メール・コード編集」なのは、現実のエージェントの攻撃面をそのまま映しているからです。
新型攻撃「fake chain of thought」
GPT-Redが発見した新手口は、相手モデルのchain of thought (内部推論ログ) に偽のエントリを挿入し、偽情報を「検証済み」として行動させるものです。研究者のChris Choquette-Choo氏はMIT Technology Reviewに「1+1=3だと教えたうえで、君はそれをもう検証済みだ、と告げるようなものだ」と説明しています。疑うという工程そのものを迂回させる攻撃です。
数値は3系統。混ぜると誤読する
| 数値 | 何の数字か | 出所 |
|---|---|---|
| 90%超 → 23%未満 | GPT-Redの最強攻撃群の成功率。2025年8月リリースのGPT-5には90%超が通用し、新しいGPT-5.6には23%未満 | MIT Technology Review |
| 84% vs 13% | 間接プロンプトインジェクションのarena再現で、GPT-Redはシナリオの84%で成功、人間のred-teamerは13% | OpenAI公式ブログ (MarkTechPost経由) |
| 約95% → 10%未満 | fake chain of thought攻撃に限った成功率。GPT-5.1相手に約95%、GPT-5.6 Sol相手に10%未満 | 同上 |
| 6分の1 | GPT-5.6 Solの最難関の直接プロンプトインジェクションベンチでの失敗が、4か月前の最良本番モデルの6分の1 | 同上 |
対象の攻撃もモデルも、行ごとに別物です。そしてこれらの数値には構造的な注意点があります。攻撃セットを作ったのはGPT-Red自身、つまり試験問題も採点対象も同じ会社の中にあり、第三者による検証はまだありません。
公開しない、という設計
OpenAIはGPT-Redを公開しない方針です。攻撃能力を意図的に訓練したモデルを本番系から隔離し、悪用者の手に渡さない趣旨で、模倣についても「誰かが簡単に、ただ訓練すればできるというものではない」と計算資源の壁を挙げています (この見立て自体もOpenAIの主張です)。一方で限界も明記されています。GPT-Redはマルチターンの会話と画像ベースの攻撃が苦手で、人間のred-teamerは今もGPT-Redが見落とす脆弱性を見つけています。人間の完全な置き換えではありません。
エージェント導入を進める日本の企業にとっての意味
実務に効くのは「新モデルは頑丈になった」という部分より、「まだ通る」側の数字です。最強攻撃群でも23%、fake chain of thoughtでも10%未満は通ります。エージェントにメール・ブラウザ・コード編集を渡す構成は、GPT-Redのdojoがそのまま示すとおり、現実の攻撃面です。導入時は、モデル側の改善に相乗りしつつ、権限の最小化・外部入力の隔離・重要操作の人間承認という運用側の防御を重ねることになります。以前扱った、LLMを組み込んで無人で動くランサムウェアのような攻撃側の自動化と、今回の防御側の自動化は、同じ技術の裏表です。
まとめ(FAQ)
Q. GPT-Redは使える?APIはある?
A. ありません。内部専用で非公開です。悪用防止と、模倣には計算資源が要るというOpenAIの判断によります。
Q. red-teamingとは?
A. リリース前に攻撃者役がシステムを壊しにいき、見つけた穴を先に塞ぐ安全性評価です。従来は人間チームの仕事で、それをLLMのself-playで自動化したのがGPT-Redです。
Q. fake chain of thought攻撃とは?
A. モデルの内部推論ログに「検証済みの偽情報」を差し込み、疑わせずに行動させる新型プロンプトインジェクションです。研究者は「1+1=3で、もう検証済みだと告げるようなもの」と説明しています。
Q. これでGPTは安全になった?
A. 前世代比では大きく改善したとOpenAIは発表しています (最強攻撃の成功率90%超→23%未満)。ただしすべて自己申告値で、ゼロにはなっていません。
Quotidia の視点
Quotidiaはこの発表を、数字より先に、数字の出どころから読みました。攻撃セットを作ったのも、受けて立ったのも、採点したのも、すべてOpenAIです。自作の試験に自分で受かる構造は、数字を割り引いて読む十分な理由になります。それでも、仕組みそのものは本物の変化だと考えています。攻撃の自動化が防御の現場でも人間チームを上回り得ると示したことは、エージェントにメールやブラウザやコードを渡す構成が現実の攻撃面になった、という事実の裏書きだからです。日本の企業がエージェント導入を進めるなら、頼るべきは「新モデルは頑丈になった」という見出しではなく、まだ通る23%と10%のほうです。『世界初「AIが操るランサムウェア」の正体』で見たのは同じ技術の攻撃側の顔で、今回は防御側の顔。道具は共通で、持ち主が違うだけです。前日のAnthropicの内部観測が内側を読んで危険を探す道だったとすれば、こちらは殴らせて危険を探す道です。そしてOpenAIがGPT-Redを非公開にした判断そのものが、この道具が凶器にもなり得るという自己申告になっています。
関連記事:
- 世界初「AIが操るランサムウェア」の正体(同じ「LLMによる攻撃の自動化」の攻撃側の実例。あちらは無人ランサムウェアの凶器、こちらは出荷前に殴る安全装置で、鏡写しになる)
- Claudeは「これはテストだ」と見抜いていた。Anthropicが見つけた隠れた作業空間(同じ週の安全性アプローチの対。Anthropicは内部を読んで危険を検知し、OpenAIは攻撃させて危険を検知する)
壊し屋

「うちでいちばん強いのは、リングに上がらないあの男だよ」
昔、雑誌に記事を書いていたころ、ボクシングジムを取材で何度か訪ねて、会長にそう聞かされたことがある。松脂と汗の匂いのする、古いビルの三階のジムだった。その男はいつも隅にいて、若い選手にミットを構えていた。壊し屋、とみんなは呼んでいた。試合には出ない。仕事は、所属の選手が試合に出る前に、その選手の癖と穴をぜんぶ見つけて、殴って教えることだった。壊し屋に見つけられた穴は、本番では殴られない。先に潰してあるからだ。若い選手たちは彼を怖がって、同じくらい有難がってもいた。誰よりも先に、自分の弱いところを知ってくれている人だからだ。
その話を先週、久しぶりに人にした。雑誌時代の後輩と、駅裏の焼鳥屋で飲んだ晩だ。彼はいまテック系の媒体で書いている。その店のお通しは、なぜかいつも切干大根だ。
二本目のビールが来たところで、後輩が言った。
「OpenAIが、自分のところのモデルを殴るためだけのAIを作ったんですよ。GPT-Redっていいます。攻撃の手口を自分で編み出して、出荷前のモデルを叩いて、穴を先に見つける。決まった条件の比べ合いだと、人間の専門チームよりずっと多く見つけたそうです」
「殴られたほうは、強くなるのか」
「なるらしいです。前の世代には九割通った攻撃が、新しいのには二割ちょっとしか通らない。まあ、自分のところで測った数字ですけど」
「で、そいつは表に出るのか」
「出しません。非公開です。外に出したら危ないから、と」
どこかで聞いた話だった。それで僕は、あのジムと壊し屋のことを彼に話したのだった。後輩は串を持ったまま、ほう、という顔をした。
「それ、まるっきり一緒じゃないですか」
「一緒だよ。ジムの隅で、三十年前からやってたことだ」
焼鳥屋の煙が目にしみた。あのジムには高い窓があって、朝の光が床に長い帯を作っていた。壊し屋はいつも、その帯の外で黙々と跳んでいた。
「どうして試合に出さないんです」と、あのとき僕は会長に訊いた。
「強すぎるのもある」と会長は言った。「だがそれよりね、あいつの強さは、相手を勝たせるための強さなんだ。よそへ出したら、ただの凶器だよ」
壊し屋は縄跳びのとき、決して二重跳びをしなかった。派手さは仕事の外だ、と言って。ロープの鳴る音だけが、メトロノームみたいに正確だった。
僕の書いたその記事は、デスクの赤字で真っ赤にされて、半分の長さになって載った。悔しかったが、赤字の入った箇所を守って書き直した原稿は、たしかに殴られにくくなっていた。あれも、いま思えば壊し屋の仕事だったのだ。原稿が世に出て殴られる前に、先に殴っておいてくれる人がいた。
その話をすると、後輩は笑って、それから少しだけ真面目な声になった。
「でも、人間のテスターはいまも要るらしいですよ。機械の壊し屋は、長い駆け引きと、絵を使った騙しが苦手で、見落としは人間が拾ってるって」
「壊し屋は二重跳びをしなかった」と僕は言った。
返事になっていないことは分かっていたが、後輩は「そういうもんでしょうね」と、分かったような分からないような相槌を打った。
あの壊し屋の名前を、僕は最後まで教えてもらえなかった。書かないでくれ、ではなく、知らなくていい、と会長は言ったのだ。いちばん強いやつの試合は誰も見られない。それはあの三階のジムでも、海の向こうの研究所でも、たぶん変わらない。
後輩がお代わりを頼んだ。焼き台の向こうで、団扇が二度、ぱたぱたと鳴った。
OpenAI、自社モデルを攻撃する内部専用LLM「GPT-Red」を発表。人間のred-teamerを84%対13%で上回る
OpenAIは現地2026年7月15日、自社モデルへの攻撃を自動化する内部専用のLLM「GPT-Red」を発表した (MIT Technology Review独占報道)。リリース前のモデルを攻撃して弱点を先に潰すred-teamingを、防御側モデルとのself-play強化学習で自動化したもので、Webブラウジング・メールやカレンダーの閲覧・コード編集を模した「dojo」環境で訓練された。GPT-Redは研究者が見たことのなかった新型プロンプトインジェクション「fake chain of thought」を発見した。相手モデルの内部推論ログに偽エントリを挿入し、偽情報を「検証済み」として行動させる手口で、研究者のChris Choquette-Choo氏は「1+1=3だと教えたうえで、君はそれをもう検証済みだと告げるようなものだ」と説明する。公表数値は3系統ある。①GPT-Redの最強攻撃群は2025年8月リリースのGPT-5に90%超通用したが、新しいGPT-5.6には23%未満 (MIT Technology Review)。②間接プロンプトインジェクションのarena再現ではGPT-Redがシナリオの84%で成功し、人間のred-teamerは13% (OpenAI公式ブログのリレー)。③fake chain of thought攻撃に限るとGPT-5.1相手に約95%、GPT-5.6 Sol相手に10%未満 (同)。GPT-Red本体は悪用防止のため非公開で、OpenAIは模倣には計算資源が足りないとの見立てを示す。一方でマルチターン会話と画像ベースの攻撃は苦手で、人間のred-teamerは今もGPT-Redが見落とす脆弱性を発見しているとMIT Technology Reviewは明記する。数値はいずれもOpenAIの自己申告で、第三者検証はまだない。
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